誰も取り組まなかった問題
ノーベル賞を受賞したグラミン銀行が、貧者を対象にお金を貸し付けたように、「よいことは事業として成り立たない」を覆 してきた社会企業家は沢山います。チャイドクがやって いることは、子ども達が支払えない治療費を、プールした支援者のお金で、現地の医療機関に直接支払うというものです。これは世間一般で言う、「健康保険制度」にあたり、ビジネスではなく国家の社会保障制度にあたります。国民の健康を保持することは国家の責任である為、通常は社会保障の制度というものは多くの国に存在します。しかし貧困地域の人々が加入できるようなものでなかったり、システムとして整備されていないものであったりし、十分なサービスを受けられるない人々がいるのが現実です。そうした人々に対して、社会保障制度サービスを提供しようという活動はこれまでに殆どありませんでした。「よいことは国家の事業として成り立たない」を、ビジネス手法を取り入れることによって覆すことが出来れば、本当に必要な人に必要な活動が出来る、これまでに誰も取り組まなかった問題に対する挑戦の始まりでした。

保険事業が始まるまで
途上国の貧困地域の家庭では、1週間に数回の日雇い仕事から得られる少しばかりの収入は、食費・学費・家賃にと消えていき、お金がない時に子ども達が病気になれば、家でじっと待つしかありませんでした。食費のない時は、水分を多くした食事で凌ぎ、学費や家賃は学校や大家と交渉し待ってもらいます。しかし途上国では医療費は全て前払いで、お金がなければ医療を受ける権利さえないのです。チャイルドドクターはそうした家庭や子ども達を沢山見てきました。そして今も尚、チャイルドドクターの存在を知らない地域では同じことが繰り返されています。そうした子ども達をひとりひとり見つけ出し、子ども達を迅速に医療機関へと送り出す努力を続けているのです。自分の子どもが病気で苦しんでいる時に、貧困が理由で病院へ連れて行けない親がここには沢山います。それは酷いことではなく、彼らの努力でどうなることでもないのです。単独では変える事は出来ないのです。アフリカにはこうした家庭が数百万と存在します。私達が幸運だったことは、こうした問題に真摯に立ち向かう勇気と知恵を持ち合わせていたことだと思います。

成功したパイロットプロジェクト
チャイルドドクターが実施した500人を対象にしたパイロット事業では、ケニアの5歳までの平均死亡率12.1%を大きく下回り、年率0.2%(5年間概算で1%)という結果を得ました。日常的に子どもが医療施設へ気軽にアクセス出来る環境を作りだすことで、子どもの生存率が飛躍的に向上したのです。大きく社会を変革できる芽を捉えた瞬間でした。子ども達は配布された無料診察券を手に医療機関へ訪れると、無料で全ての医療サービスを受けることが出来るようになりました。外来や入院だけでなく、必要であれば手術についても無料で受けることが出来るようになったのです。そしてその頃から、チャイルドドクターになった方々から多くのメールが寄せられるようにもなりました。「子ども達からの手紙に涙が出ました」「感動しました」「してあげてると思って始めたのに、沢山もらっているような不思議な感じです」「今日一日仕事に頑張って取り組むことが出来ました」。子ども達の側でなく、支援する側にも変化が起こってきました。

関わる人に変化をもたらした仕組みと考え方
チャイルドドクターはこんな風に変化を促す仕組みを作っています。問題を見つけた時、私達はその短所の部分ばかりに目がいき、その問題を解決しようと色々な方法を考えます。これが通常の問題解決の流れだと思います。チャイルドドクターのやり方は少し違います。短所や負の部分を見つけたときに、相反する長所にも着目します。例えば、無口な人にもっとしゃべるように促すのではなく、「あの人は無口だけど誠実だ」、そんな風に短所と相反する長所を見つけるところから始めるのです。それはつまり「無口なのはお前が悪い、お前が自分自身で変えていかないといけない」というメッセージではなく、「今あるままでいい」「あなたは無口だけど、無口故に誠実な側面を持ち合わせている」と相手の存在を認めることから始めるということが大切だと考えているからなのです。

途上国には命の問題があります。しかしここには明るく前向きな子ども達もいます。先進国には心の問題があります。しかし経済大国で便利過ぎる社会でもあるのです。夫々を眺めると、悪循環に陥りそこから抜け出すことは容易でないことが分かります。それは夫々の社会の中で短所を克服するということは、相反する長所も消してしまうことを意味するからです。ヒントは人と人との関係にありました。人は自分にないものを他者に求めることがありますが、これは本能的に自分の長所が相手の短所を補い、お互いが持っている長所でお互いの短所を補い合えることを知っているからです。チャイルドドクターの特色は、夫々の長所を消すことなく生かすことによって、相手の短所を補い合うことにあります。バラバラだと悪循環に陥ってしまう2つのものを、組み合わせることによって大きな好循環を作り出せる仕組みを作り出したのです。

先進国の人がひとり1000円を拠出することで、どれだけのことが変わるのか推察するのは実際のところ非常に難しいと思います。例えば、日本では1000円でマルチビタミン50錠を買うことが出来ますが、それがどれだけ誰かの役に立つのか想像しづらいからです。しかし同じ1000円をアフリカへ送ると、物価の関係で4000錠のマルチビタミンを現地で買うことが出来ます。小さな負担で大きな変化をもたらすことが出来るのです。この結果、小さな団体の寄付制度が、途上国の社会保障制度に成り代わることも出来るのです。逆に途上国の子ども達の明るさや前向きさについて考えましょう。貧困の中にあると家に水道はなく、水汲みは子ども達の仕事です。それ以外にも日雇いに出る親に代わって、炊事や洗濯や子守など様々な役割を家の中で与えられます。貧困が強いるこうした家庭内での役割は、学校に行けないなどの問題を引き起こしていることもありますが、反面、周りの人間がその子の存在を認め、子ども達が自己肯定しやすい状態にあり、家庭内に子ども達の居場所を作り出しているのです。更に貧困から必死に抜け出そうと、将来あんな仕事について母親を楽させてあげたい、と多くの子ども達は大きな夢を持っています。家庭内や社会の中に自分の役割があり居場所があり、同時に夢を持った人々は、子どもでなくとも明るく前向きに生きていけるのです。私自身がそうであったように、この子達の存在が実は私たち自身を癒し救ってくれるのです。

子ども達の存在が弱々しいだけの存在「My CHILD」なだけでなく、時に私たち自身を癒してくれる「My DODCTOR」であり、お互いが対等な存在だというのが、チャイルドドクターが考える新しい支援の考え方なのです。

事業として成功したビジネス手法の利用
「よいことは事業として成り立たない」、そんな常識を覆す為に様々なビジネス手法を導入しています。
1)低コスト体質
まずは事業コストの削減を図りました。500人の子ども達を対象にしたパイロットプロジェクトでは、子どもの新規登録・無料診察券の発行と配布・支援者への治療実態レポートや感謝状の送付・支援者からの手紙の配達・病院への搬送・患者家族との連絡等、様々な業務が新たに発生しましたが、その為に新たに雇用した人員は1名。1人で全ての業務を可能とするシステムを足掛け1年の時間を費やし作り上げたのです。低コスト体質を築き上げることによって、少ない資金でも、大くの子ども達に医療を提供することを可能としたのです。

2)情報公開の為の90日間無料体験
また保険事業を事業として成立させる為には、チャイルドドクターの新規加入が大切になってきます。NGOがこれまでに抱えていた新規加入時の問題は、団体の支援内容がよくわからないこと、本当に自分のお金が使われているのかよくわからないこと、そうしたよく分からない状態で寄付金を出してほしいというNGO側の勝手な理由によるものが多かったのです。チャイドクの支援母体は、大阪府八尾市にある医真会八尾総合病院ですが、全国9000件の病院で「情報公開が最も進んだ病院」として1位に輝いた実績を持ちます。支援者がNGOの中身を寄付金を払う前に見ることが出来るシステム、つまりNGOの情報公開を進めたことがひとつの成功の要因でした。具体的なシステムとしては、90日間無料で医療支援を体験できるコースを作りました。システムの構築やプログラムの作成に4ヶ月の時間がかかりましたが、無料体験後の継続加入者割合は75%とプロジェクト成功の一要因となりました。

3)50倍速の配達システム
通常、こうした1対1の支援型寄付では、現地から一年に一回手紙が送られてきます。もちろん1年に1回であっても、子ども達からの写真や手紙には私達の気持ちを充足させてくれます。しかしもしそれが10倍の速さで手元に届けば、より多くの頻度で気持ちを充足させてくれるのではと思った結果、これまでの50倍速(最短一週間)で手紙が届くシステムを構築しました。より交流の頻度を増すことで継続して支援を続けて頂くことを可能にしました。現在支援を中止した方は全体の0.7%と非常に少ないのが特徴です。このシステムを可能とする為に、世界中から多くの翻訳ボランティアが活動に参加してくれています。このシステムの構築によって、安定的に子ども達が医療を受けられる環境を作ることが出来るようになっています。

社会企業家として

近年社会的に注目を集める社会企業家には、NPO的な理念を持ち、それをビジネスの手法で問題解決にあたっている人が沢山います。よいことは事業として成り立たないという常識を覆し、様々な社会企業家が世界を変革しています。NPO的理念と企業的手法との掛け合わせということでいえば、社会企業家は多分にNPOと企業の中間部分に出来た新しい領域なのだと言えます。チャイルドドクターもまた、理念としてNPO的理念を持ち合わせており、解決手法として多くのビジネス手法を取り入れています。途上国の命の問題と先進国の心の問題を解決することを目的に掲げ、それを実現する為に様々なビジネス手法を取り入れてきたからです。

ソーシャルガバメントとして
しかしチャイドクが実施している子ども達に対する保険事業は、生命保険ではなく国民健康保険にあたるもので、これはもともとビジネスの領域ではありません。国がやっている社会保障の領域なのです。アフリカ諸国の多くには、制度として整備されているものの貧困地域の人が加入出来るような代物でないことが多く、チャイドクで実施した500人を対象にしたパイロットプロジェクトでも、ケニアの健康保険に加入している人はひとりも存在しませんでした。たったのひとりもです。チャイドクは、理念はNPO、手法は企業、事業領域は国と3つの中間点にあたる新たな場所にいます。本来は国が行う事業ですが、それが社会の為になっていない制度が多いのです。国家が本来実施する役割を代わりに担い、事業として破綻しないようビジネスの手法を取り入れ、社会を変革していくNPO的メッセージを持つ、私達はこの新しい領域を、「ソーシャルアントレプレナー(社会企業家)」、「ガバメント(政府)」と使い分け、「ソーシャルガバメント」と呼んでいます。

ボランティアについて
蛇足ですが、長所を見つけるというポイントは、ボランティアの受け入れにも取り入れられています。プロジェクトのこの部分で活動して下さいとお願いするようなことはチャイルドドクターでは一切していません。時間をかけて事業地を見て回り、まず自分が関心あるところを探してもらいます。自分の関心のあるところは、大抵自分の長所が生かせるところなので、周りの人も認めてくれますからそこに居場所が出来ます。居場所が出来れば楽しくなって、長期間関わることが出来ます。そして長期間関わることが出来れば大きな自信となり、次のステップや成長へと繋がっていくのです。初日と最終日で、驚くほど表情の違う成長した姿を見ること出来るのはこうした理由からなのです。しかしこうした決め細やかな対応は、多くの人に対して出来るわけではなく、同時に3人までぐらいしか出来ません。年間のボランティア枠は年52週×3人枠があるのですが、1月1日の時点で年間の8割が埋まってしまいほどの人気です。